プロフィール

人事歴15年、転職5回の40代 もしけのプロフィール

三社目 お休み月2日、残業10時間がスタンダート

残業時間が多いけど楽しい

三社目の人材派遣会社は、最初派遣スタッフさんの、お給与計算と社会保険の事務手続きがメイン。

私は300名程の規模を担当する事になりました。

立ち上げ当初ということもあり、仕組みやシステムが全くない状況。

おまけに、私が入社する前に主力でやっていた給与計算担当5名が、一斉に辞表を叩きつけて辞めた後。

部長ともう1名いた50代のおっちゃんと私と同じくらいの年齢の女性の四人で、過去を調べながら、力業で回していた状況でした。

お陰様で、いつも仕事が終わるのが、明け方4時位が当たり前( ・ω・)

そんな状況ではありましたが、仕事は楽しかった♪

理由は、人に恵まれたからです。上司の存在がデカかったですね。

部長の年齢は当時40歳。典型的な関西人で、非常に親しみやすく、部長も私を可愛がってくれて、プライベートも一緒に遊びにいったりしてました。

私、人事労務のお仕事をしてますが、体裁だけの働き方改革は、反対派です。

理由は、こういう人間関係の構築が労働時間を減らしすぎると、社会人になって、出来づらいからです。

社会保険加入プロジェクトリーダー

私が、東京の派遣会社に勤めはじめたのが、2006年。

丁度その1年間くらいで、派遣業務の自由化が進んでグッドウィル(当時)を筆頭に、派遣業界が、ものすごい勢いで成長していた時代でした。

その後、派遣業界全体で、コンプライアンスが課題となったのはご存じの方も多いと思います。

私がいた会社も例外ではなく、コンプライアンスの強化が必要となっていました。

そんな中、フルタイムで社員と変わらない働き方をしている派遣スタッフさんが、社会保険未加入で働いている人が数百人!

これを急いで加入させなきゃいけない!だけど、社会保険関係で専門的な知識を備えている人がいない。

……いない?

……いるじゃん!

そう! 私( ;´・ω・`)

上司

「お前が現場の人間仕切って、お前がやれ。大丈夫♪できる!」

と、いうわけで、私に白羽の矢が立ち、プロジェクトを動かすことになりました。

みんな、月毎の手取りが大事

社会保険未加入の派遣スタッフさんに、

「社会保険に入るのは法律で決まってます。入ってください」という内容の通知書&同意書を作って、現場の営業の方に配ってもらう。

どうしても入りたくないとか、個別の事情がある場合は私が、直接交渉する。

そんなダンドリで社会保険の加入促進をやったのですが、その中の約二割の方、約40名。

もうゴネまくりでした( ;´・ω・`)

「誰が入るかそんなもん!法律?知らねえ!」

「手取りの金が減るくらいだったら辞めて、他の会社で登録して、悪い噂ばっか流してやる!」

「そもそも、法律違反な状態で働かしてたってこと?ふざけんな!遡って加入させて、その金額会社で全額負担しろ!」

皆さん必死でしたよ。

でも、私も必死でした(笑) 

期待してくれてる、世話になってる上司を裏切るわけにはいかない。

一件一件理屈で説明して、電話じゃ納得できないって言われたら、直接会いに行っての繰り返し。

約半年かかりましたが、見事に全員加入していただきました。

初めての大仕事、初めての達成感が、この時ですね。

役員と上司との間での板挟み、そして転職

社会保険加入プロジェクトを終えて、2年半くらいが過ぎた頃、私はすっかり社会保険の専属担当になってました。

当時、数十名の社保加入数がプロジェクトで、数百名に、そして会社の規模が大きくなって、加入者は千名を超えていました。

みんなに頼りにされていたのは嬉しかったです。

ですが私は、社会保険業務しかやれない状況に、疑問を持ち始めていました。

「俺、人事やりたいんだよな。」

「人事って社保だけじゃないんだよな。」

「採用とか、教育とか制度、それに労務管理」

入社当初は、なかった人事部も設立され、何度も異動願を申し出ても、社会保険担当の引き継ぎ者がいないという理由で、保留状態。

そんな悶々としていた時に、決定的な出来事がありました。

所属していた管理本部のトップの管理本部長が、私の部署のスタッフ皆に、仕事や勤務態度等を直接怒ったり、指導するようになりました。

管理本部長は革新派、私の上司の部長は穏健派。

ずっと仲が悪くて、大丈夫かなと思っていたのですが、とうとうしびれを切らした管理本部長が、最初崩壊していた部署を立て直した所を再度、壊して立て直す。

いわゆるスクラップ&ビルドを実行し始めました。

管理本部長は、部長がいない時に、少しずつ実施していて、部署が不満の嵐になっていったんですよ。

特に、部長と親密に仲が良かった私に対しては、なかなか手厳しかったですね(´д`|||)

部長もクレームを言おうにも、本部全体が本部長側に付いてたので、どうしようもなかった。

当時を振り返ってみると、社内の権力闘争の最中にいたんですね。

私自身は部長の下以外で働く気持ちも起きなかったし、丁度、人事の新しい事に挑戦したかったこともあり、退職する事となりました。

部長は、私の退職1ヶ月後にやめました。

この時の学びは、会社って特定の人間関係だけで、仕事をやらない方がいいということ。

そして会社という組織体は、自分の能力以外のところで、簡単に働く場所をなくしてしまう。という事でした。

不景気絶頂での転職活動

前述の、本部長と部長のいざこざの中、転職活動を着々とやっていました。

ですが、私が転職活動をやっていた当時が、リーマンショック後で、デフレ、派遣切り、倒産等がキーワードを占める時代でした。

有効求人倍率はどんどん下がり、失業率はどんどん上がる。

社員として、勤めている事がどんなに幸せかの時代。

「今、転職活動をしても、なにも紹介できませんよ!」

「今は目の前のお仕事を精一杯やるべきです!」

どこの人材紹介会社に言っても同じ話を聞かされる( ;´・ω・`) 

大手紹介会社自体も、リストラしてた時代ですからね。

でも、昔から私は、自分が動くと決めたら後には引けないタイプ。

紹介してもらうのが難しいなら、自分で探すぜ!(アホ)

テーマはどんな環境でもいいから人事を幅広く経験できる会社】、自分で探して、書類選考受けに受けて面接をやりにやりました。

書類選考約70件、面接3件(少な!)。

内定をもらった会社は、デフレ経済でノリに乗っている低価格居酒屋チェーンを展開する人事労務担当でした。

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人事のお仕事を東京でやってます。 人事業務やキャリアアップ・転職に悩んでいる人向けに、実体験を通じての解決情報をシェアします!